2009.04.30 Thursday
Hannu on kiva
世の中は連休のはじまりであっても、わたしにとってはカレンダーの数字が赤く色づけされていることはなんの意味もなさなくって、いつもどおりな水曜日、つまりしごとだったのだけれども、そのしごとのあいだも、Hannuが耳の奥でなりつづけていて、Hannuをはじめてきいたのは先週の金曜日に買った2006年のアルバム “Worms in my piano” なんだけれども、それがあまりにステキで、さっそくあたらしいアルバム “Hintergarten” を取り寄せてきいてみたなら、これまたすばらしく、わたしのiTunesにiPodちゃんはHannuをくりかえし流すことをくりかえしていて、過剰にきらきらした音と、ざらついた屋外の音のバランスのよさはまえのとかわらないんだけれども、そこへ乾いた電子音のビートが加わり、その乾いたビートと、屋外の音といっしょに靄のかかったまま反復されるメロディ、そこに、曲ごとに違う印象の強い音たち、哀愁満ち満ちているんだけれど時おり過剰な響きのギターや、空をとぶ鳥が猟銃で撃たれた瞬間、最後に発した声のようなストリングスの音や、きょろきょろきょろきょろきょろきょろきょろきょろと小刻みに震える弦のおおそうな楽器の音、オリエンタルな無理矢理サイケデリック音などが加えられ、それぞれが、うしろで流れる音のことなんて気にしないタイミングであらわれて、すべてがばらばら極端なかんじ、それでいてそこにできる空間はとても居心地がよく、耳をからだをまかせていたなら、静けさをよそおおっていた乾いた音までもふくらんできてあたりをノイズでおおいつくしたり、一瞬のニンゲンの声にどきりとさせられたり、ギターの音がトツゼンに無理矢理な反復を強いられたりと、心地よさと不安定さ、こわさとうつくしさ、驚きと静けさがいちどきに現れる空間はおおよそヘルシンキの郊外、街と森との境目で、自然とニンゲンと電子機器がおなじ場所でうごめいている空気と風景(イメイジ)がそのまま音にばけたもので、もうわたしの意識はヘルシンキへとびっぱなし、と、一息でかいてみたなら、わたしは息切れしました、よ。
500枚限定です。この500枚という数字がもはやそこそこおおいのではとおもえるわたしの感覚はおおよそズレてきています、よ。
PVはまえのアルバムのもの。まえのも、すばらしいのです。
500枚限定です。この500枚という数字がもはやそこそこおおいのではとおもえるわたしの感覚はおおよそズレてきています、よ。
PVはまえのアルバムのもの。まえのも、すばらしいのです。